超分子タンパク質分解酵素プロテアソームの動作機構の解明及びプロテアソーム機能異常と疾患(癌、炎症、老化、神経変性)
プロテアソームとは細胞内に存在するタンパク質分解酵素の一つです。主として、分解のための目印となるユビキチン鎖をユビキチンシステムにより付加されたタンパク質を分解します。これを「ユビキチン・プロテアソーム系」と呼びます。この分解機構の優れている点は、分解すべきタンパク質をピンポイントで見つけ出し、パーフェクトなタイミングで分解を実行するところにあります。細胞周期、シグナル伝達、転写制御をはじめとした細胞内で行われている様々な活動において、このタンパク質分解機構が中心的な働きを担っています(図1)。
プロテアソームは33種類のサブユニットが総計66個集合して形成される巨大な酵素です(図2)。
ユビキチン鎖の認識と捕捉、ユビキチン鎖の切り離し、タンパク質の解きほぐしと分解活性中心への送り込み、タンパク質分解を一つのプロテアソーム内ですべて実行するため、極めて精緻かつ合理的に組み立てられています(図3)。
しかし、このような複雑な構造体がいかにして正確に組み立てられているのか大きな謎でした。私たちはこれまでにプロテアソームの形成に働く特異的なシャペロン分子を多数発見し、その形成機構の詳細を明らかにしてきました。
さらに最近、この組み立て機構が細胞の状況に応じてプロテアソームの量を調節する大きな役割を持つことを見いだしています。プロテアソームの量の制御という観点からいえば、プロテアソームのサブユニット群の転写調節機構もほとんど解明されていません。プロテアソーム量の調節の破綻は、がん・神経変性疾患・老化などの病態にも大きく関連していることが知られています。今後もプロテアソームの発現制御機構と形成機構を追求することにより、細胞内のプロテアソーム量を調節する機構の解明、およびその機構とこれら一連の疾患との関連を明らかにし、疾患治療の新しい戦略の開発に結実させることを目指します。現在、プロテアソームを標的とした創薬が最も奏功しているのが「がん」です。がん細胞はその生存のためにプロテアソームを大量に産生していることが知られており、プロテアソーム阻害剤bortezomibが多発性骨髄腫に対して著明な効果を示すことが明らかになっています。「プロテアソームを増やさないようにする薬」の開発により、新しいがん治療に結びつく可能性があります。
がんとは反対に、プロテアソームの機能低下は老化や神経変性に関連しています。加齢に伴ってプロテアソームの機能が低下することが知られていますが、近年の驚くべき報告として、ショウジョウバエや線虫のモデル生物において加齢によるプロテアソーム機能低下を生じないようにしたところ、その個体の寿命が延長し、神経変性なども抑制されたというものがあります。このことは、神経変性をはじめとした老化に伴う諸疾患発症にプロテアソームの機能低下が関与していることを示唆するものです。「プロテアソームの機能を上げる薬」の開発により、老化・神経変性による症状を改善できる新しい治療に結びつく可能性があります。
胸腺特異的プロテアソームによるT細胞選択機構の解明
獲得免疫系は自己と非自己を識別して、非自己のみを攻撃する優れたシステムです。この特異的な応答の中心になるのがT細胞です。身体に侵入するあらゆる病原体を攻撃可能な膨大な多様性を持ち、なおかつ健常な細胞を攻撃しないT細胞のセット(レパトアと呼ばれる)を備えることで私たちの身体を守っています。
個々のT細胞は、その細胞表面にただ1種類のT細胞受容体(TCR)を発現しています。このT細胞受容体が、ほかの細胞の表面に発現している主要組織適合抗原複合体(MHC)と相互作用することにより、その細胞を排除すべきかどうかを判断します。この判断に不可欠な情報がMHCの溝にはまり込んでTCRに提示される、自己または非自己タンパク質由来の短いペプチド断片です。このペプチド断片がMHCとともにTCRに提示されることにより、自分の細胞が非自己に侵されているか否かを知らせるのです。
身体に侵入してくる未知の病原体に対応するため、TCRは膨大な多様性を備えています。T細胞は、胸腺という心臓の上に覆い被さるように存在する臓器で分化・増殖します。最初に、ランダムな遺伝子再構成(抗体の多様性を生み出すのと同様の仕組みです)によって10のxx乗もの多様性をもつTCRが作り出されます。この中から、自己を攻撃しないが非自己を認識して攻撃するポテンシャルをもつTCRを有するT細胞のみが選別され、有用なT細胞レパトアが形成されます。このプロセスは”正の選択 (positive selection)”と”負の選択(negative selection)”からなります。まず胸腺皮質上皮細胞(cTEC)の働きにより有用なT細胞のみを生存させ(=正の選択)、引き続き胸腺髄質上皮細胞(mTEC)と樹状細胞(DC)の働きにより自己成分に対して強い反応性をもつ有害なT細胞を排除します(=負の選択)。
この正の選択と負の選択はcTECおよびmTECによって抗原提示される自己抗原ペプチド/MHC複合体と個々のT細胞のTCRとの相互作用に基づき行われています。ペプチド/MHCクラスIにより選択された細胞はCD8+ T細胞(キラーT細胞)へ、ペプチド/MHCクラスIIにより選択された細胞はCD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)へと分化する。負の選択に関しては、組織特異的抗原をmTECに発現させる転写因子AIRE(autoimmune regulator)の発見などから、mTECが胸腺にありながら“自己成分のデパート”の機能を果たすことで負の選択を効果的なものにしているといった分子基盤の理解が進んでいましたが、その一方で正の選択のメカニズムの理解は乏しく、そもそも正の選択のための特別な機構の存在や正の選択の存在意義すら疑問視する声も多い状況でした。
近年、私たちはcTEC特異的に発現するプロテアソームの新規触媒サブユニットβ5t、およびβ5tが触媒サブユニットとして組み込まれた”胸腺プロテアソーム”を発見しました。β5t欠損マウスではCD8+ T細胞の正の選択が著しく障害され、CD8+ T細胞が約80%減少し、わずかながら産生されたT細胞レパトアも適切な免疫応答を行うことができない不出来なレパトアであることを発見しました(Science 2007, Immunity 2010)。
身体に侵入してくる未知の病原体に対応するため、TCRは膨大な多様性を備えています。T細胞は、胸腺という心臓の上に覆い被さるように存在する臓器で分化・増殖します。最初に、ランダムな遺伝子再構成(抗体の多様性を生み出すのと同様の仕組みです)によって10のxx乗もの多様性をもつTCRが作り出されます。この中から、自己を攻撃しないが非自己を認識して攻撃するポテンシャルをもつTCRを有するT細胞のみが選別され、有用なT細胞レパトアが形成されます。このプロセスは”正の選択 (positive selection)”と”負の選択(negative selection)”からなります。まず胸腺皮質上皮細胞(cTEC)の働きにより有用なT細胞のみを生存させ(=正の選択)、引き続き胸腺髄質上皮細胞(mTEC)と樹状細胞(DC)の働きにより自己成分に対して強い反応性をもつ有害なT細胞を排除します(=負の選択)。
この正の選択と負の選択はcTECおよびmTECによって抗原提示される自己抗原ペプチド/MHC複合体と個々のT細胞のTCRとの相互作用に基づき行われています。ペプチド/MHCクラスIにより選択された細胞はCD8+ T細胞(キラーT細胞)へ、ペプチド/MHCクラスIIにより選択された細胞はCD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)へと分化する。負の選択に関しては、組織特異的抗原をmTECに発現させる転写因子AIRE(autoimmune regulator)の発見などから、mTECが胸腺にありながら“自己成分のデパート”の機能を果たすことで負の選択を効果的なものにしているといった分子基盤の理解が進んでいましたが、その一方で正の選択のメカニズムの理解は乏しく、そもそも正の選択のための特別な機構の存在や正の選択の存在意義すら疑問視する声も多い状況でした。
近年、私たちはcTEC特異的に発現するプロテアソームの新規触媒サブユニットβ5t、およびβ5tが触媒サブユニットとして組み込まれた”胸腺プロテアソーム”を発見しました。β5t欠損マウスではCD8+ T細胞の正の選択が著しく障害され、CD8+ T細胞が約80%減少し、わずかながら産生されたT細胞レパトアも適切な免疫応答を行うことができない不出来なレパトアであることを発見しました(Science 2007, Immunity 2010)。
プロテアソームはMHCクラスI結合ペプチド産生の責任酵素です。プロテアソームはタンパク質を分解し、3-20アミノ酸長の短いペプチド断片として吐き出します。このうち、適切な長さと配列的特徴を持つ一部のペプチド断片がMHCクラスIの溝にはまり込みます。胸腺プロテアソームがこれまで知られていた構成型プロテアソームや免疫プロテアソーム(cTEC以外の細胞で発現)と異なるペプチダーゼ活性を有することや、様々なTCRトランスジェニックマウスとβ5t欠損マウスとの交配後のT細胞の解析結果から、胸腺プロテアソームが正の選択を行うための特殊なペプチドを産生している可能性を私たちは報告しています。これらのことから胸腺プロテアソームがcTECにおいて他の細胞とは異なる特殊なMHCクラスI結合ペプチドを産生し、正の選択のための特別な相互作用をペプチド/MHCクラスI複合体とTCR間に作り出していることが予想されます。
胸腺プロテアソームが産生するペプチドが“正の選択”のための適切な相互作用を未熟T細胞に与えることが、CD8+T細胞の分化を促進していると考えられます。
cTEC上にMHCクラスIに提示されているペプチドの詳細な解析を行うことにより胸腺特異的プロテアソームによる正の選択機構の分子基盤の解明を目指します。
ユビキチンシステムによる細胞内タンパク質品質管理機構の解明
私たちの身体を構成する成分として、水以外で最大のものがタンパク質です(60〜70%が水、約20%がタンパク質)。実際、タンパク質は酵素や身体を形作る役割をはじめとして、生体反応において幅広い役割を果たしています。タンパク質は、mRNAの情報に基づきリボソームにおいて20種類のアミノ酸がひも状につなぎ合わされることにより合成されます。この「ひも」が正しく折り畳まれることではじめて機能を発揮できる構造をとります。
新しく合成されるタンパク質の相当量(10-30%の報告ありが)が正常な折り畳みに失敗し不良品となると推定されています。また、正常に折り畳まれたタンパク質であっても、構造異常を引き起こす細胞内外のストレス(熱、UV、低酸素、活性酸素など)に絶えず曝されています
。しかし、これら正しい構造をとれなくなったタンパク質は細胞内にはほとんど検出されません。それは、「タンパク質品質管理機構」が働いているからです。ユビキチン・プロテアソーム系はタンパク質品質管理機構の大きな装置の一つであり、不良タンパク質を発見して分解・除去することにより細胞内に蓄積することを防いでいます。
このタンパク質品質管理機構の処理能力を超える量の不良タンパク質が細胞内で産生されると、特に神経細胞においてタンパク質凝集体が形成されるととも、神経細胞死が引き起こされ、神経変性疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病など)を発症する要因となります。また、不良タンパク質の産生量が正常であってもタンパク質品質管理機構の能力が低下すると神経変性を起こしやすくなります。
ユビキチンシステムとプロテアソームが不良タンパク質の除去に重要な役割を果たしていることは分かっているものの、どのように不良タンパク質を正常なタンパク質と識別して前者だけを分解に導いているのか、いまだ解明されていません。細胞内で生じた不良タンパク質がいかにして分解されるのか、その分子機構の解明を目指します。